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第277回 戦略の転換点を乗り越える
会社の命運を左右するひとつのポイントは、いかに「戦略の転換点」を察知し、それを超える作戦を打ち出すか、若しくは、その脅威から逃れる手を打てるかです。私自身も経営者として、過去に嫌というほどこの重要性を思い知る体験しました。
一生懸命経営しても報われないこともある
経営は、普通一所懸命に努力をしていれば、その努力なりに報われる確率が高いです。
しかし、通常の経営努力をしても、その努力が正当に報われなくなる時期があります。現実にこの局面に悩んでいる会社の社長の話を聴くにつけ、「何故、先を見誤ったのか?」と悔やまれることがあります。その回復のための適切な経営指導はもちろん怠りませんが、そうなった時点での策は相当限定されてしまいます。もっと早く戦略の転換点を見つけて対応してくれていたなら、いろいろな選択肢もあったのにと残念に思うことが多いです。
そこで今回はこのテーマを取り上げました。
戦略の転換点とは
一般的に戦略の転換点とは、企業を経営する過程において経営をゆるがす根本的な環境変化が起こる時点を言います。変化の内容は後述の通りでいろいろです。この転換点を境にして、自社の事業構造やポジション等が大きく変化してしまう時点なるが故に、これを見誤ると経営にとって大変なことになります。
どの企業も競争の過程で様々な変化に直面します。
仕入れルートを変えざるを得なくなってきた、下請け注文が以前のルートから入らなくなった、供給先や顧客筋が変わってきたなどです。
これらの変化は本来自社のビジネスに大きく影響を与える要素のはずです。しかし、もしその変化の大きさが10のx倍レベルだとしたら、自社にとって劇的すぎる変化です。実は、戦略の転換点はこの「10のx倍」レベルの力によって生じるものなのです。
先ほど述べた変化のどれか一つ、もしくは、複数要素に同時に「10のx倍」レベルの変化がもたらされたとしたら自社の命運はどうなるか、考えただけで恐ろしい。しかし、現実にこのような転換点が到来するのです。
例えば出版業界では、若年人口が活字離れ、紙離れしてしまう。また、デジタル化により、知識・情報の入手が本、雑誌でなく情報通信機器を通じて簡単にできるようになる。結果、限られた財布から紙媒体に出費する金額が相対的に少なくなる。
出版業界自体の境界が不明確になるほどの状態です。周辺の技術革新が、明らかに戦略の転換点をもたらしてきています。
また、コンピュータ業界ではマイクロプロセッサーの登場が10のx倍の力となったのは、皆さまご存知の通りです。これを機にこの業界自体が縦割りから横割り型に変化しました。
すなわち、インテル社がチップを作る企業に、IBMや旧コンパック社がコンピュータ本体を作る企業に、マイクロソフト社などがOSを開発する企業にと、横割り型の業界に再編成されたのは記憶に新しいと思います。蛇足ですがチップの分野で言えば、東芝がパソコンやスマートフォンの大半に使用されているNANDメモリーの供給先として世界第2位でした。これを、ベインキャピタルを中心としたグループに約2兆円で売却してしまった。国家的損失です。
いずれにしろ、コンピュータ業界では従来の企業は衰退して新興企業が伸びてくる新陳代謝以上のことが起きました。また、従来は多数のチップで構成されていたものが一つのチップに集約できるようになり、このことで大多数の消費者や企業が多くのメリットを受けることになりました。まさに劇的な大変化です。一大戦略の転換点でした。かなりの企業が、自社の経営戦略の見直しをせざるをえなかったほどの劇的な影響力でした。
戦略の転換点を如何に察知するか
優秀な経営者は戦略の転換点を洞察する力をもっています。そうではない経営者がこれを認識するにはどうしたら良いのでしょうか。
・ひとつの兆候は、主要ライバル企業が新興企業の傘下に突然入るというような事象が発生した時です。競合分析対象としてカバーしていたその会社が、まったく予想もしていなかった異業種と提携する、その会社と合併するなどの場合です。
・次に上記に似ていますが、自らが競争している会社群のマーケティグポジションの劇的な入れ替えが発生した場合です。ポジション5番目の会社が、いきなり2番目に来る。当然彼らの経営戦略の中味も全く自社の範疇を超える要素を入れてきているはずです。その会社は転換点を見つけて、着実に手を打っていたのです。
・営業など顧客との直接接点を持っている部門から業界の新たな動きに対する警鐘がなる場合です。これを経営陣が営業力の弱さと勘違いするケースがよくありますが、マーケット環境の劇的な変化を、営業が肌感覚で察知していた場合です。
・自社のノウハウと思っていたことが新参入者の新しい技術により覆されてしまうか、その兆候が出ている場合です。新技術が登場し自社のオペレーション方法が一気に凌駕される。従来のやり方が一気に崩れ、遥かに安価で効率的なオペレーションが技術の力を借りてできるようになる。
しかし、この兆候を察知するのは、なかなか難しい。技術の全体の普及によるインパクトと、自分の商売がその技術に直接食われる可能性とを同じテーブルで議論しにくい、若しくは、議論したくない状況が多くの会社で発生しやすいからです。
「それは初期バージョンだ。今後のエンジニアリングの洗礼を受けるはずなので、まだ大丈夫だ」と、たかをくくっている間に自社のマーケットポジションが新興企業に食われていく、このパターンが多いです。
当然、自社の商品に勢いもなくなってきているはずです。
勿論、こうなる前に正常な会社なら何らかの手を打っているはずです。しかし、私が見る限り、必ずしもそれが事実でないのが不幸なことです。
いかに戦略の転換点を超えるか
劇的変化を洞察した時、戦略の転換点を乗り越えるためにすべきことはどんなことでしょうか。
・あらゆる関係者を集めて戦略的な議論をする。常に、戦略の転換点が来る恐怖感をもってことに当たる。特に経営者の姿勢が何より肝心です。
当然、戦略を練り直す。目指す方向性を再チェックする。5年後、戦略が成功した暁に自社がどんな企業でありたいかの新たな将来像を明示することです。標榜するキーワードを厳選の上、自社のドメインを再定義することにもなります。
・経営陣は一般的に古いものに執着しすぎるきらいがあるので、果敢に新規領域に踏み込む。
環境の激変に対応するために、リスク計算の上、新しい方針に合わせて経営資源を集中投下するのもひとつの方法です。
・上記にもましてトップの果敢な決断が必要です。
躊躇する間に戦略の転換点のタイミングを失し、経営の舵を切るタイミングが過ぎ去ってしまうからです。「Too Late」となり、マーケット・デストラクターに食われてしまう前に、決断と実行が不可欠です。
残念なことに、多くの企業が戦略の転換点を迎えた時に衰退しているのです。これも競争社会での新陳代謝として仕方ないことだとの見方も、一部の識者にはあります。
妥当な考えだとも思います。しかし、衰退の理由が戦略の転換点に気づきながら決断を躊躇してじっと立ち尽したからだとすると、「そうだね」と片づけるわけにはいきません。対局として、病的なまでに心配性たるパラノイア的経営をしなければならないとすると、これはこれで問題です。
後者のような経営者だけが生き残るような世の中にはなりたくない。戦略の転換点を早い段階で見つけ、早く手を打つ経営が標準的にできるよう経営指導の努力をしていくつもりです。
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