多極化
第175回 多極化時代の世界とアメリカの現状から学ぶこと(5)
前回の続きです。
日本の将来を考える
他方、日本はどうなっているのでしょうか。ハンティントン氏の主張する8つの文明の中で、日本は今後どう変わっていくのでしょうか。アメリカの現状から学ぶ点がいくつかあると思います。
日本の現状に対する認識
日本では、
・高齢化が進んでいます。
・経済は、東京など一部の大都市中心で、ほとんどの地方が大変な状態です。
・所得格差も拡大し、以前より中間層が減ってきています。
・日本は、マクロ的には、ギリシャ以上にプライマリーバランスが悪化している財政赤字国です。
・国際政治の中で相対的位置づけが落ちてきています。
人口減少と高齢化
まず、アメリカの現状と日本のそれとで一番違うのは、人口数の趨勢です。
アメリカの人口は2004年に3.2億人で、世界で第3位です。今後も人口の増加傾向を示しています。増加分の43%がヒスパニック系という問題を抱えつつも、確実に総人口が増加しています。
ところが、日本の総人口は、世界10位で1.3億人です。2050年には、1億人前後、2100年には6000万人を下回り1930年前後の人口になります。しかも、65歳以上が5%だったのが、33%となるとの試算があります。これは今の出生率から簡単に試算できる数字です。当然GDPも減少します。
15才から64才までの生産人口は、今や8000万人を下回る状態です。人口と経済が減少に移行しつつある状態です。
人口が減ること自体が絶対的に問題か否かは、国民の価値観や考え方により違う答えが出ると思います。
しかし、ハンティントン氏の分類による日本の誇れる文明が今後も生き残るには、人口の絶対数は重要な意味あることではないでしょうか。人口と経済の成長率との関係は、過去に証明済みです。力をつけつつある他の文明の人口は増加こそすれ、減っていない現実があるのも事実です。
全世代を含めた家族全体を捉える視点で出生率を捉えること
日本はアメリカと国の生成過程が違うため、移民政策には厳しい条件があるようです。この是非は別として、大量の移民で日本の人口減の歯止めをするのは、どうも現実的ではありません。
だとすると、やはり結婚、出産、育児の過程で女性の負担をどう軽減するかの、国民的な合意を得た総合的な国家政策が不可欠だと考えます。出生率の低下が原因で、これに対する国家的施策です。
この時、単に女性の平等を唱え、企業の幹部職の比率を男性と同率にする云々の、個別のテクニカルな議論より、出生率の低下の原因を食い止める抜本的で整合的な国家政策が必要ではないでしょうか。教育、住宅、税制等を含めた、国全体として取り組むべき国家戦略です。
新聞報道などを読む限り、首都圏では保育施設の不足で待機児童が発生していること、「幼保一元化」が役所や法律のせいで進んでいないこと、児童手当が老齢福祉年金より低く抑えられていることなど、現行の制度はあまりにも個別・短絡的で、視点がずれています。
高齢者に焦点をあてすぎ、家計や世代全体をふくめた家族の問題として捉える総合的な視点が余りにも不足しているのではないかと思います。
元来日本人が重要視していた、おじいちゃん、おばあちゃんから孫までの家族全体に光を当て、その中で女性や出生率を考える視点こそが、人口問題を解決する基本ベースだと、私は考えています。
そうでない限り馬に念仏で、個別政策が空回りするのみでこの問題は解決しません。人口政策の国家戦略欠如を問い質したいのです。
第174回 多極化時代の世界とアメリカの現状から学ぶこと(4)
前回の続きです。
前回で記載したアメリカが、今、大きく変わりつつあります。所得格差が拡大しており、中間層も減ってきています。
臨時雇用
労働者の賃金は上昇していないようです。アメリカを代表するようなメーカーでも、新しく雇用される人の賃金は10年前より大きく減っているとのデータがあります。これでは消費が伸びていく余地がありません。
こうなったのは、2007年頃住宅バブルがはじけて大問題になった時、アメリカ政府は労働者への失業保険の適用や転職支援などの対策でなく、真逆な策を講じてっしまったのも一因です。規制緩和や民営化、最高税率の引き下げなど、言葉の上では一見もっともらしい策を講じました。一部の経済学者も推した政策です。この政策は、一般的に富裕層が一番恩恵をうける優遇策で、他方、大半の労働者はその恩恵を直接は受けにくい政策でした。
多分、政策決定に関わる政治家へ政治献金をしている企業や富裕層などからの圧力によりこの策になったとも思われますが、雇用と需要を産む策とは言えません。富む人々が益々富み、貧しい人々の貧しさが是正されにくい政策だと、私は理解します。
この結果、現在アメリカの労働力の20%以上が臨時雇用の状態だと言われています。今回日本の国会で議論されている労働者派遣法の改正が、沢山の臨時雇用を生む構造をつくらなければ良いと祈るばかりです。この背景にどのような圧力があるのか不明ですが、何故、アメリカの悪い部分を日本に導入しようとするのか、私には疑問です。アメリカでのこの層は社会保険の受給を受けにくい人々です。IT化で生産性が上がったと称しています。しかし、雇用が削減され、非正規雇用が増えました。この結果、企業の利益は増えても、その大半は金融業にもたらされた利益であるとのデータがあります。
アメリカは外国から優秀な人材を受け入れて金融も含めた革新的なことをさせて国の活力を維持しようとしていますが、このことが格差の拡大につながったというこの皮肉を、我々は学ばなければなりません。
中間層の崩壊
税金に関しても、いろいろな控除後、上位1%の富裕層でも実効所得税率は26%、最も裕福な400人が下位層1.5億人の所得合計より多い富を保有し、この層の税率は平均17%との報告もあります。この富裕層では金融取引から得た収入の比率が高いからです。すなわち、アメリカの富裕層の税の負担が、中間層より低いという現象が起きている状態です。
この結果、1960年代の「パクス・アメリカーナ」の時代に増加した中間層が、ここにきて崩壊しています。女性の進出で一時家計も潤った時期もありますが、今や女性が進出しても十分な収入が得られず、借金のみ増加している状況のようです。富が上位と金融機関に集中する構造となっているようです。
私が留学していた時代の1960年~1970年代では、富裕層の上位1%でGDPの9~10%だったとの統計がありますが、2007年になんと、これが23.5%になっている状態です。 これでは、アメリカでは富と権力を手にした人々に有利になるように、ゲームが操作されていると感じる国民が多くなっていて当然です。
富が上位から下へ流れ、結果として、景気が良くなるという一部の経済学者の理論は当てはまっていません。「アベノミクス」で、日本の政治家もこれらしきことを主張していましたが、もって他山の石とすべきです。
アメリカンドリ-ムの世界から、真面目にやっても報われない社会になりつつあると感じる国民が多くなっているとすれば、残念です。
何故中間層が崩壊したか
アメリカの中間層が崩壊した原因の一部は、アメリカ社会が直面している金融業の肥大化が影響しているのではないでしょうか。
私は1944年生まれの団塊の世代ですが、アメリカの国内でも私と同様に1946年~64に生まれたベビーブーマーが、大きな集団を構成していました。この層がちょうど働き盛りで退職年金をどんどん積み立てることができたのが、1974年以降です。この年に「個人退職所得保障法」が成立し、金融機関が個人の退職年金資産を大量に株式市場に吸い上げることが出来たのです。多額の退職年金資産の運用を株式市場に頼ったのです。当然、金融が大変忙しくなった時代です。
2007年には米国全体の企業利益の40%以上を金融機関が占める状態になったとの報告があります。先ほど述べた「個人退職所得保障法」が成立した1974年までの30年間は、10%に過ぎなかったのが、その後の30年間でこんなに増加しました。金融機関の就業人口は6~7%なのに、利益シェアで40%以上で驚かされます。私も2008年頃、あるファンドに苦い体験を味わされましたが、冷静に考えると、金融機関の餌食になるのも自然の成り行きだったかなとも思うほど金融肥大化を示す数字です。
金融の肥大化がもたらしたもの
金融業の肥大化がもたらしたものとして、経済の構造変化が挙げられます。
消費需要が増える構造になっていないのです。すなわち、モノをつくる、それを使うために購入する、結果として消費需要が増える構造になりにくいのです。もっと直截的に金融の肥大化がもたらしたものは、先に述べた非正規雇用の増加、中間層の崩壊などで、貧困が構造化しているのではないかとの危惧です。生まれた時から構造的に貧困が決まっている状態です。これは政府の施策に関連して金融業が余りに肥大化してしまった結果ではないでしょうか。
極論すれば、カネ本位の社会となりモノを地道につくることで稼ぐ習慣が無くなってきています。公的なポジションも含めてあらゆるものがカネを稼ぐ手段化してしまっていないでしょうか。我々も大いに他山の石とすべき部分です。
第173回 多極化時代の世界とアメリカの現状から学ぶこと(3)
前回の続きです。
覇権主義の横行とアメリカの軍事費削減
オバマ政権は国際協調を旨としていると理解しています。しかし、現実の世界では昔の地政学的な影響を受け、各国が権益と勢力の拡大を狙う弱肉強食まがいの行為が横行しています。
その一方で、かつて自由主義世界の盟主だったアメリカのオバマ大統領は「オフショアー・バランサー」と称して前線の米軍を後方に撤退させ、遠隔操作で地域の安定を図る軍事政策をとると言っています。軍事予算の財政的な負担を圧縮する政策かと思います。
それはそれとして、米国が前線にいないことでいわゆる抑止力が衰え、世界各地での地域の防衛体制に悪影響が出て、現実に覇権国家による弱肉強食的行為が闊歩していると思います。
軍事傭兵
防衛費を削減しているというアメリカで皮肉にも、軍事関係で伸びている企業が一方であるようです。9.11事件以来、対テロ作戦の展開で、急成長を遂げているアメリカの民間の傭兵企業、ブラックウーター社のことが、ある本に紹介されていました。
この会社に雇われている傭兵は、イラクを含む世界中に派遣され、今や2万数千人も契約していると言われています。軍事の民営化政策の一環で、戦争ビジネス化が進展したものです。ネオコンと言われる一派を中心として、国防に影響力を持つ人々が直接・間接関係していると記載されていました。また、何故か、軍の裁判で罪に問われた者はこの傭兵会社には一人もいないとのことも書かれていました。
本論から逸れてしまいましたが、これこそ今のアメリカの矛盾を露呈しています。世界が混乱している大きな原因をつくったのではないかと思うこの国が、政府の軍事予算を削減している一方、民間の軍事雇用会社は多忙を極めているという現象は、なかなか納得できません。世界の秩序を維持するために、民間の軍事傭兵会社が利益を上げているのでしょうか?はなはだ疑問です。
いずれにしろ財政赤字を理由に前線から撤退して、後方から遠隔で誰かに指示する戦争スタイルにせざるを得ないのが、今のアメリカの現状かもしれません。日本の安全保障のための大義の裏で、アメリカの軍事負担の一部を日本が肩代わりすることが、今回の安全保障関連法案の立法につながっていると、私には映ります。
「パクス・アメリカーナ」からの変貌
今これを書いているのは2015年9月中旬です。本年8月下旬ころから、日本の株式市場が乱高下を繰り返しています。大本の原因は、中国の経済や統計数字に対する不安・不信心理などが世界中に広まったからです。
アメリカの株価はこの数年堅調でしたが、最近中国経済の鈍化の実態を示す数字を権威あるイギリスの機関が発表したのを契機に、風評ではなく実態を知った投資家の不安心理を揺さぶり、株価が下げや乱高下に転じています。結果として、世界中の株式市場が大きな変調をきたしています。
アメリカの景気は良いと言われながらも、イエレン連銀議長がアメリカの長期金利の上げの発表を逡巡しているのは、経済力の弱い国々の景気を悪化させる心配のみならず、アメリカの景気が本当に良いのか疑問との観測が出るほどの状態です。ある意味で、政権のこれまでの政策のつけが一気に回ってきて、政府のかじ取りの判断が出来ないくらい複雑な経済状態であるとも取れます。
アメリカの経済のピークは、私がAFSの奨学生として高校に留学していた1960年頃でした。今から思えば、アメリカの中間層が「パクス・アメリカーナ」を享受して増加していた時代です。その後も、1975~99年の25年間に株価は上昇したとの報告があります。
しかし、この成長の背景は、簡単に言えば金融緩和、いわゆるカネの増刷だったと言われています。投資家に魅力あるアメリカを演出して、世界の金をアメリカに引っ張ってきた時代です。
その金の一部を中間層が享受していた時代です。
第172回 多極化時代の世界とアメリカの現状から学ぶこと(2)
前回の続きです。
アメリカの変貌
前回のコラムで世界が多極化時代になって、アメリカが自由主義陣営の盟主の座を降りてしまったことにふれましたが、私は、アメリカが今大きく変わりつつあると認識します。
すなわち、
・国際政治力が低下しています。
・一見経済は成長しているように見えますが、内部でいろいろな問題を抱えています。
・所得格差が拡大し、貧困が構造化してきています。
・中間層が崩壊しています。
・財政赤字により軍事費が削減されてきています。
国際政治力の低下
政治の世界でアメリカの力の相対的低下がみられます。これを決定づけたのは、2年前の2013年だと思います。
2013年9月10日、オバマアメリカ大統領がシリア問題に絡んで、「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と述べたのがきっかけです。世界の人びとが、アメリカが西側世界や自由主義陣営の盟主の座を降りた発言と捉えた旨報じられました。この発言には、私も心底驚きました。「あのアメリカが?」との思いでした。
2013年にシリアのアサド政権が、化学兵器を使用したとした調査報告国連に提出され、その年の8月、「首都ダマスカス周辺で化学兵器が使用され、大量の犠牲者が出た」というニュースが流れました。
アメリカが、国際法違反のみでなくアメリカの核心的利益(ある国がよく使う言葉です)に関わるとして、同盟国も含めてシリアへの介入を真剣に計画していたのは、記憶に新しいと思います。
ところが、イギリスのキャメロン首相が議会の反対にあって共同介入から脱落し、結果としてアメリカは正面切った介入を差し控えました。ある意味この落胆が、オバマ大統領の先の発言の背景にあったかもしれません。それだとしても、この演説内容には本当に驚きました。
今振り返ってみれば、サミュエル・P・ハンティントン氏の言う多極化時代の幕開けを彷彿させる出来事だったのではないでしょうか。
中東などでの混乱
これ以降です。中東のシリアや欧州のウクライナなどで、国際社会のルールを無視したあからさまな行動を起こす集団や国が出てきました。言葉は悪いですが、ある意味でやりたい放題になってしまいました。南シナ海では中国がベトナムやフィリピンと、東シナ海では尖閣諸島をめぐり、中国が日本に対する挑発としていろいろな行動を起こしています。イランでもスンニ派アラブ諸国が歴史的に優位を占めてきた均衡を崩壊させ、隣接諸国を通じてシーア派勢力圏の拡大の行動を起こしてきました。
アメリカの力の低下の隙に、ロシア、中国、イランは勢力圏・支配権を拡大しようといろいろな行動を起こしています。この隙に乗じてそれ以前の世界の秩序を壊しつつあります。これら一部の地域で発生している政治不安が、今日ヨーロッパに押し寄せている難民問題につながっているとみます。
その意味で、アメリカが自由主義陣営の盟主の座を降りたことで、多極化時代に伴う文明間の衝突を増長するきっかけをつくったことにならないでしょうか。
第171回 多極化時代の世界とアメリカの現状から学ぶこと(1)
国際政治学者サミュエル・P・ハンティントン氏の『文明の衝突』が1996年に著わされ、二年後に日本で翻訳され広く読まれました。私もその翻訳内容に衝撃を受けた一人です。
この政治学者は、冷戦後の文明間の衝突についてコソボ戦争などを分析し、これから世界で起きる紛争は、イデオロギーではなく、「文明の違い」に原因があると、述べていました。その主張を少割り引いて考えても、今の世界の不安定な情勢、アメリカの力の失墜の状況を考えてみると、彼の主張の本質を良く理解できます。
ブロック化
私が高校生のころ、留学生としてアメリカにいた1960年―61年頃は冷戦時代でした。世界が民主主義国家、共産主義国家、第三世界のブロックに分かれていましたが、今は、西欧、中華、日本、ロシア正教会、イスラム、ヒンズー、ラテンアメリカ、アフリカの8つくらいの文明同士のブロックに分けられていると、先の本に記載されています。
その中で西欧は傾向として衰えつつある文明で、政治的・経済的、軍事的影響力は低下しています。
大半の西欧諸国では、人口の頭打ち、社会保障費の負担の増加により政府の巨大な債務が累増しており、経済成長率も鈍化し、国力が相対的に衰えてきている現象が出ています。
他方、中華やイスラムの影響力が増して来ています。中華やイスラムの影響は、そのやり方や正当性は別にして、大きく増して来ています。20世紀末から221世紀初頭に入り、若年層が増えた一部のイスラム教国が、隣接の人口が少ない集団に軍事的な圧迫感を与えています。このため異文明間の接点における境界線での戦争が頻発しているのが現実です。
文明の異なる国家やグループ間で紛争がおきると、政治的な背景も絡めて同じ文明、若しくは、政治的に近い他の国家が支援に回る傾向が強いので、紛争がエスカレートしやすくなってきています。東欧の一部や中央アジアで発生している諸紛争が、この現象です。人々がアイデンティーを求めて文明のブロックでまとまりやすいのです。この時、文明と宗教が入り交じり、宗教と短絡的に結びつく危険を孕み、状況が複雑な内容を呈してきています。
アメリカの一極支配の終わり
文明同士のブロック化が進み、アメリカの一極支配の時代は終わりました。複雑な多極の時代に入りました。すなわち、EU、日本、中国インド、ロシア、アメリカがそれぞれの地域の極になり、諸国の力が分散し、もつれ合う奇妙なバランス状態が続いています。
何故このようになってしまったのでしょうか。
アメリカなどの中核国家の力が相対的に弱まったことが大きな原因ではないでしょうか。この背景などを理解するため、アメリカの状況を説明しながら日本が学ぶべきと思われることについて数回に渡りふれてみます。
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