語り継ぐ経営
第168回 本当の自分を見せる力と自分のブランドづくり
集団の中での映り方
自分のキャリアを前進させブランドをつくるには、いろいろな力が必要です。
自分のスキル、資質、チャンスなどいろいろな力が影響するので、その時の状況との関係をどう判断したらよいか迷うことが多いです。
それが事実だとしても、自分が集団の中でどう映るか、できれば自分の本当の姿を見せる力もブランドづくりにとって重要なことです。結果として、リーダーシップをどれだけとれるかに必要な要素となるからです。
自分の力の認識
誤解が無いように言いますが、あえて自分のブランドを良く見せたいと、力以上のモノを示す必要はありません。そのような行為があまりに前面に出過ぎると周囲から策士にみられ嫌われます。
政治力のみで生きている人、日和見的な人とみられ、自分のキャリアとブランドづくりにとっては、かえってマイナスです。
経験の中で登場する人
私の周囲にもそのような人がいました。どこに権力の中心があるかを一早く察して、そこのみに注力して仕事をする人です。
当時、私は社長として権力の中心でしたから、それを察して私以外の他の社員には見向きもしない幹部社員がいました。自分と権力の中心との距離を常に監視しながら、権力にへつらう姿が見えました。
ところが、ある案件でファンドという資金の供給元に権力が移りそうと察すると、他の人を巻き込んで裏工作をする姿も見えました。自分がどう映っているのかを知らずに、裏工作の一環で平常を装って私にアプローチする彼とのミーティングを自然体で対応するのには苦慮しました。
彼の隠された意図は、かなり前の段階から私には見えていました。水面下での彼の動きが、会社全体の利益や他の社員のためには明らかにマイナスだと分かっていたので、そのミーティングでの取り繕った発言が滑稽でもあり、余計息苦しく感じていました。
皆さんの周囲にもこのような人がいるかもしれません。自分本位に考え自分の本当の姿を偽って表現し周囲を欺く人、権力が移転しそうだと察すると、すぐ、違う行動を起こし、新たな権力の中心にへつらう可哀そうな人です。いわゆるブランド造りを誤っている人です。
このような人にならずに、正常にブランドをつくるためにはどうしたら良いのでしょうか。
1.まず周囲の人に自分の姿を正しく認識してもらう努力をすることです。
周囲の人は、あなたの本当の姿を誤解していることが結構多いものです。特に、コミュニケーションが苦手な人に多く発生しているかもしれません。周囲が勝手にあなたの姿を認識する中で、本来、あなたが欲している周囲の認識傾向をどうマネジメントできるかにかかっています。
そのためには、まず、自分自身を知ることから始めなければなりません。自分を知るいろいろな方法があると思いますが、一番自分の姿を知ることが出来るのは集団が集まり意見を交換する会議体です。
周囲の人があなたをどう見ているのかが、その場で大枠分かります。
どの場面で誰があなたに質問を投げるか、それがプロレベルの質問場面か、経営の方向性を左右する場面での質問か、単純に時間つぶしの質問かなどいろいろあります。
それらの状況を総合すると、質問をする人の実力のみならず、質問をする人を含め周囲があなたをどう見ているかが良く分かります。
集団の中でのこの場がまず出発点と思うことです。この出発点からあなた自身のブランドづくりの努力が始まります。
2.その上で、自分のレベルに合ったブランドをつくることです。
皆、自分のキャリアを描き、それを目指して頑張っているはずです。その過程で自分の将来の価値を如何に築くかを決めることになります。
成り行きでブランドが出来ることもありますが、その場合、自分が目指すブランドとのかい離が発生して、自分が不安定になります。勝手につくられたブランドが実力より高い場合、そのズレを調整しようとするがゆえ、高望みをして失敗することにもつながります。逆にそれが低すぎる場合には、自分自身に不満が募り、仕事が手につきません。
こう考えると、自分にとって適正なブランドを造れたら一番幸せです。高くもなく低くもなく、自分の実力などを反映したレベルです。
3.自分のブランドを強化するために、手順が必要です。
周囲の認識傾向をマネジメントする必要があると、先に述べましたが、手順を踏んでやることが、その解決の一つになります。
ビジネスマンは、いろいろなハードルを越えて成長し、その過程で自分のブランドを造っていくことになります。人によって一番重要な時期は異なるかもしれませんが、少し過大表現を許していただければ、人生勝負を賭ける時期がビジネスマンなら誰にもあると思います。
その時期に備えて、あなたの意見や考え方に賛同する人々を増やすことです。周囲にあなたの考え方を広め、社内に変革の波を起こすのです。ブランドづくりには、やはり人的なネットワークがモノをいいます。社内のみならず、社外でのインフォーマルな活動も含めて、自分自身を更に知ってもらうネットワークです。これが結局、自分のブランドを強化することになります。
自分の考え方に賛同する人を増やすことは、単純に暴れることを言っているのではありません。問題は暴れる根底の考え方です。単なる不満だけでは大義名分がなく、賛同者は現れません。集団や社内を更に良くするための具体的な方法論を持っていることが必要です。これが自分のブランドを強化する一つの手順です。
4.これらのことを誠実に実行することです。
軸がブレないことがブランド造りには不可欠です。
一定の考え方に基づいた行動について、常に、裏表がないことが求められます。表裏の無さは、他の人とのコミュニケーションで相手に伝わり、相手も貴方の人となりを理解することになります。
その意味で、自己の一貫した信念を広めていくため、上司や部下との誠実なコミュニケーションが求められます。
権力の構造など気にしないことです。それよりその集団や会社を更に良くする信念を持って改革の趣旨を説くことに邁進してください。熱意が伝わります。結果として、あなたの欲していたブランドを築くことになります。名刺の肩書や、利害と関係なくあなたを慕って人が集まってくるでしょう。
ご参考になれば幸いです。
第163回 自社の価値を知る
先般、私が関係しているある会社の営業合宿に参加しました。7名ほどの幹部社員で営業を更に活性化するための合宿です。
自社の「売り」についての認識のズレ
議論していくうちに気づいたことがありました。
営業が「売り」としている商品自体の価値について、幹部社員の間に認識のずれがあることに気づいたのです。それぞれの部門が連動して初めて、その会社の商品は顧客に受け入れられるのに、このままでは会社の潜在力があるにもかかわらず、成長のスピードが遅くなるように感じて、営業合宿の目的に軌道修正の必要性を感じました。
データ分析から始めない発想
自社の、あるいは自社商品の価値を見つけ、共通認識の下に全社をあげて営業活動をすべきとアドバイスをしました。とは言っても、自社の価値の見つけ方に関する手法を、参加メンバーの皆さんは体験したことがありません。
そこで私から、一般的に使われている手法を紹介して、今回のこの目的に合致した手法を取ることをアドバイスし、それに沿って議論が活発になされました。
そのアドバイスなしには、とかくデータの分析から始めがちになると感じたからです。私は、データのみからは新しい発想は生まれにくいと考えています。
顧客が感じる価値
私は、顧客が何に魅力を感じているかを吟味することから、価値を見つけていく方が、むしろ早道と考えています。
価値を認識しないままに目前の課題に取り組むと、非常に非効率で的外れな結果になってしまうリスクもあるからです。
合宿に参加した皆さんは、優秀な方ばかりでしたので、目的とするところをすぐに理解し、さっそく修正行動に移ってくれました。
取った手法
そのとき取った手法は、二つの手法の混合です。
第一に、競合も含めた既存の商品や提供しているサービスと比較して、自社の商品の価値を発見する方法です。
競合の数を沢山入れると混乱をきたしますので、3つぐらいに絞りました。しかも、いきなり価値を見つけようと焦ってカテゴライズせず、とにかく、これまで営業場面などで遭遇した、自社商品と他社のそれとの違いに関する事実を挙げていく作業に入りました。顧客の視点で良い所、価値を見つけることに役立ちました。結構あるもので数十になりました。
第二に、その商品に関してのエピソードを洗い出す手法を取りました。新しい商品なので、事業展開や戦略をどうするかに関わります。顧客が試用品などを使われたときに、どんな反応が返ってきたのか、嬉しい話、厳しい話などのエピソードを捜す手法です。
まだ発表したての商品であったので当然なことですが、エピソードが意外に出てきませんでした。少なかったのです。それでも、営業が訪問した顧客からの話の中からいくつかのエピソードを捜すことが出来ましたので、そのエピソードが出てくる背景や理由を、掘り下げて議論しました。
最後にカテゴライズの上、簡単に文章化する
最後に、上記二つの手法で捜したものを項目ごとにカテゴライズしていくと、商品自体より、その周辺のサービス体制、開発体制なども含めた、会社全体の問題も浮き彫りにされました。
結果として、顧客にとって、自社のその商品はどんな価値があるかを簡潔な文章にまとめました。文書化に当たっては、xmのxm化などの抽象的な言葉を使わないことに留意しました。言葉が抽象的だと、社員それぞれが勝手に自社の商品の価値を解釈し、全社員の共通の価値となりにくいからです。
10行くらいのエキスになった文章になりました。実は、これこそ顧客が魅力と思う自社の商品の価値であることに合宿の最後で皆気づき、非常に有意義な会議となりました。
私自身が経営改革で取った手法
私自身、以前関係していた会社で、のビジョンを策定した時に、
・この会社が何の手段で競合会社に勝負するか、
・絶対譲れないこの会社の「らしさ」や「こだわり」を何にするか、
・すなわち価値を決定した
今回アドバイスで取り入れたと同様の手法を使っていたので、以前の実体験をもとに皆さんを導けたのが有り難かったのです。
社長も発想豊かでチャレンジ力が旺盛、しかも学ぶ姿勢がある優秀な経営者です。社員もスキルがあり優秀です。今回の合宿で、皆が会社の価値観を共有でき、それを深堀することでこの会社が更に発展していく姿を見るのが楽しみです。
第158回 人生を豊かに生きる
新しい技術進歩の中で、私などの年齢層では人々の振る舞いに戸惑うことが最近多くなりました。常時スマホを離さない人が驚くほど多くなっています。電車の中を見回すと、車中の7割以上の人が乗車するとすぐにスマホを取り出して、何をするともなくそれを見ている光景が日常的になりました。
どこかの大学の学長が新入学生への挨拶で、「スマホを捨てますか?それとも当大学の学生を捨てますか?」との主旨のことを述べたと報道で伝えられ、学生のスマホ利用に警鐘を鳴らすほどになっています。
どうしてでしょう。そんなに情報が欲しいのでしょうか?それとも、そうしないと安心感が持てないからでしょうか。
知恵と直感力
新しい情報に遭遇する喜びは分かります。他方、時間をこのように使って、これで自分の人生の豊かさを感じられるか、私には大いに疑問です。
情報が入りすぎてこれを料理するのが大変だと感じます。本来人間は、自己の内なる知恵を働かせて、自ら考えて世の中の諸事象に的確に対処できる動物のはずです。しかも、この中にこそ本当に「生きている」と感じるカギがあるはずです。
知恵と直観力です。この状態を味わうため、時には、スマホから離れて自然体になるのも必要ではないでしょうか。現代文明から離れて、自分の五感が働く環境に身をゆだねる経験も楽しいものです。
私は、時々人里離れた山の中に入り、風の音、夏草の臭い、動物の啼き声、鳥のさえずりなどを肌で感じて、情報や技術の奴隷にならない努力をしています。スマホも利用しない、それらに気をそらされない、その中で普段見逃しているものを五感の力で探りあてる喜び、直観力や感性の豊かさに身をゆだねる生き方です。
金と権力と成功
何故、そのような生き方が普通でなくなったのでしょうか?それは、成功イコール金と権力であるとの大方の考え方と関係しているように思います。
このような考え方は、少なくとも今のアメリカや一部の国では一般的な考え方かもしれません。数十年前にアメリカで新自由主義派が台頭し権力を握り始めてから、この傾向が強くなりました。
その結果、富めるものと貧しい者との格差が大きくなり、また、富める者は更に富を蓄積するために家族の犠牲を顧みず寝食を忘れて働きつめ、時には理性を忘れて賄賂の罠に嵌っても冨の蓄積に貪欲になる残念な行為を見ることになりました。これらの習慣や行為によるストレスや鬱は今や社会問題化していると言っても過言ではありません。
上記の傾向に対して、私は人間の成功は、いかに誠実に生き、他の人からの信頼を得るかだと考えています。
このことは別項で述べましたので詳細は省略しますが、アメリカ流の成功の考え方や生き方が本当に幸せなのかを、今こそ国民全体で真剣に考える良い時期かもしれません。
新自由主義派の影響で、日本にも成功イコール金と権力であるとの考え方が浸食してきていますが、私は何とかこの傾向が極端になることだけは食い止めたいと考える一人です。
生き方
個人が自ら、人生の生き方をもっと深く考え問い詰めてはどうでしょう。学校でもそのような教育を早い段階でやるべきです。
先のこと、将来のことを心配するよりは、今生きていることの幸せに重点を置いて発想する習慣づけです。カネや権力は一時の物で、持続できません。それよりは、毎日、その時間、目の前のことを一生懸命に生きることに集中する方が幸せに近づくように思います。
施す
自分で心が豊かになり幸せ感を抱く体験の一つは、施すことだと私は考えています。与えることで、自分の心が豊かになるように感じます。
私自身、あるゴルフクラブの自主再建のために、今後の事業施策を立案ことなどにこれから努力をするつもりです。経営の健全化を図り、若い方々が、自分が関係するクラブに誇りを持ち、クラブライフをエンジョイできる環境を作るために、私のこれまでの経営経験の知恵を施せないかと勝手に考えています。この役目はまだ走り出したばかりですが、常に、何かを手に入れることのみ考えて、カネと権力を持つ経験がいかに心の豊かさから程遠いかを、これまで見聞・体験して知りました。これぞ生きるに値する方法かも知れません。
今を大切に
この生き方は普通の生き方、すなわち、他の人の動向、氾濫する情報などに阻害されず、自分の内から湧く創造性を大事にできる生き方に通じると考えます。ストレスからの解放にもつながります。
何か他のことに心の平安が乱されることなく、心の内面が平穏になり、心のスペースが広がる生き方だと思います。私は瞑想をしますが、静寂の中で心と仲良くできる心境を味わいます。ゾーンとまでは言いませんが、少なくとも心の安心感が抜群な状態です。また私は茶室の中での静寂が大好きです。自然の中に心が向き、創造力が豊かになるような感じを抱きます。
先や将来のことのみ心配せず、今あることを良しとして、あるがままの状態を如何に充実させるかを念頭に置いた生き方に努力をしています。
第157回 相関と因果の関係に上手く付き合う(2)
前回の続きです。
ビッグデータの相関処理vs.因果の実験
そうは言っても、現実に誰かが沢山の情報を生み出していますので、企業側もビッグデータを処理せざるをえなくなります。ここで予測との関連で思うことがあります。
最近、あらゆるところでビッグデータの利用が始まっています。ある種の流行です。ここで我々が留意しなければならないのは、この分析は因果でなく相関をもとにした分析であることです。相関はデータの組み立て方、何と何を比べるかによって変化することです。
従って、意味のある相関と意味のない相関との区別をする必要があります。それには何が何を起こしているのかの、因果を仮定し検証しないといけないことが多いはずです。
これに比較して、実地の実験では、ビッグデータより深い所まで手が届くメリットがあります。画期的な細胞を発見したと称したSTAP細胞の事件も、論文に掲げるケースを実際の実験を繰り返して、因果の関係に嘘があることが立証されたと推測します。このように因果関係について良く考えをめぐらせてから実験で頼りになるデータが得られれば、結果に至る本当の原因を探ることに役立ちます。
相関分析だけでなく、実際の実験の重要性も同時に認識しなければなりません。
データを読むセンス(感性)
また、統計解析に振り回されず、データの本質的な意味を見極める力を養わなければなりません。データは同じものでも、見方により違う見え方をすることが多くあります。
マーケッターに一番求められている力は、実はこの部分です。出てきたものが「何か違う、何か異質な臭いがする」と、感じるセンス(感性)があるか否かです。先週述べた格付け会社で予測をした担当者のケースでは、現実起きていることと出てきたものが何か違う、何故だろうと感じるセンスです。
限界の認識と学び
このように、ビッグデータの相関をもとにしたモデルでは、あくまで相関関係に基づいた分析です。人間が何故その行動を起こしたかの因果の分析ではなく、現実を十分に捉えきれない限界があることを肝に銘じるべきです。
あるゴルフ場では、ビジター顧客の増大で営業数字を上げるためにコンサルティング会社に手数料を支払い、ネット経由のビジター割引制度を数年前に導入し、顧客数の増大と売上の増加を図ってきました。そして一定の成果を上げてきました。
しかし、果たして、諸々の目論見通りになったか否かをそろそろ検証するにあたり、これをデータの相関関係で分析するには限界があると考えます。意味のある相関と意味のないそれとを峻別するのが難しいと思われるからです。
割引率との関係で、新規顧客は来場したが常連の顧客は来ていない、というデータがもし出てくるとすれば、クラブにとってこのゲームは長続きできないことを物語ります。極論すると、その方法だと永久に割引率を高め続けていくことになり、収入を量でカバーしようと定員オーバーでも来場させ、プレーがエンジョイできずに結果として来場者の減少し、クラブ経営の行きつくところが自明だからです。
何故プレーヤーが来場し続ける行動を起こすかを探るべく、ある程度の常連顧客が訪問出来るような導線を設けて、しかも割引率の上下も含めた各種要因の原因群が、ゴルフ場が本当に享受したいと思う結果になっているかの因果の関係を実験(トライアル)も含めて分析しなければならない論理となるのではないでしょうか。
相関分析による予測の難しさと地道な実験(トライアル)を含めた因果の関係の紐解きについて述べました。
第156回 相関と因果の関係に上手く付き合う(1)
予測するのは、本当に難しいことです。会社内でも相関関係をベースとした予測に基づいて、将来のことをもっともらしく議論したこともありましたが、実際は難しかったと言うのが偽らざる本音です。
ソ連の崩壊の予測
1991年、ソ連があっけなく崩壊しました。私は、相関分析をしたわけではありませんが、これを予測できませんでした。
西側との冷戦時代を知っており、1960年代に米国と対峙するレベルの力を保持していたソ連が、あっけなく崩壊するとは想像だにしていませんでした。専門家も「絶対に起こらない」と予測していたことが、二十数年前、現実に起きたのです。
マルクスは、資本主義が成熟すると、そこで崩壊が起こると説明していましたが、逆に本家本元のソ連が突然崩壊してしまったのです。
リーマンショックの予測
2008年のリーマンショックも一般の人からすると突然起きました。リーマンブラザーズの経済破綻に端を発した金融危機です。
この時も不思議なことに、専門家たる格付け会社が予測した債務担保証券は、向こう25年間でこの証券の不払い不能(デフォルト)が発生する確率は低いと予想していたと、事後報道の記事で知りました。現実には不払いが発生し、世界の金融危機の発端となりました。
予測の失敗は、適切なサンプルに基づいて予測をしなかったからと言われています。すなわち格付け会社は、住宅価格が上昇時していた1980年代のデータに基づいて向こう25年間を予測したようです。予測した時期には実際の住宅価格は下がり気味の状態だったのに、先行きも大丈夫とレポートした当時の予測者は、現実に発生したことをどう説明するのでしょうか。素人目にも如何なものかと思う予測の質です。
違う状況のサンプルデータに基づいて、局面が全く違う状況を予測した報告書の情報を鵜呑みにして、まだ大丈夫だとの判断・行動をした一般の人がいたとしたら、余りにも可哀そうです。
ノイズがあるのは事実だけど・・・
この批判に対して、予測する際はもっと不確実性を受け入れなければならないと、学者は言うかもしれません。すなわち、過去の住宅価格の状況のみから大胆な予測をするのではなく、データにノイズがあることを知り、現実に発生している今の局面をも包含する様々なアプローチを試みるべきであると。
その通りです。一つの事象を違う角度から考える必要性を理解し、検証する方法に慎重すぎることはありません。しかし、一般の人にはレポートの背景などほとんど分かりません。唯一分かることは、多くの課題は本来予測困難かもしれないとの単純な認識です。
我々一般人が世の中の情勢をみても、大半は意味のないノイズの情報ばかりです。そのようなノイズを、企業が大量に、シグナルとして世の中に発していることも理解しなければなりません。発信される情報が沢山あっても、その大半はノイズだとしたら本当は真実が増えているわけではないという単純なことを、我々は理解しなければなりません。
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