


折々の言葉
第245回 挫折から立ち上がるには
私は、これまで沢山の周囲の人たちに支えられて今日まできたことを、本当に感謝しています。
B社の経営者として少しは実績を残せたのも、沢山の社員のサポートのお陰と、心底から思っています。
その過程で、ビジネスマンとして幾度と挫折も味わってきました。最大のものは、B社の再建を託された矢先に数千万円の支払手形の存在が発覚し、それが毎月末呈示され続け、資金難と過去の経営からの累損に耐えられず文字通り会社倒産の危機に直面した時、親会社の新経営陣との経営方針の違いからくる経営摩擦に直面した時、ファンド株主側等がB社の株式を金融操作に利用した事件に巻き込まれ、従前に描いていた経営戦略の前提条件が一気に崩れてしまったために経営の防御態勢を敷かざるをえなかった時など、困難や挫折を数えれば枚挙にいとまがありません。
それでも、私はこれらの挫折から何とか立ち上がろうと努力してきました。
これらの体験を踏まえると同時に、他の経営者が失敗や挫折から立ち直った実体験を聞き及ぶに、彼らは共通の要素を持ち合わせているのではないかと思います。それを時にレジリエンス、すなわち、挫折や失敗から立ち上がり、目標を達成するまで粘り強く挑戦を続ける力と呼ぶことがありますが、失敗や挫折から立ち上がるには、次のようなことが要素として挙げられると考えます。
1.強い目標を持つこと
前述の通り薄氷を踏む思いの、手形金額の支払いに関する裁判や交渉、経営戦略の違いからくる親会社の新経営陣との摩擦、カネの論理の跋扈に対して日本的経営を貫く姿勢に対するファンドの抵抗など、次から次に挫折や逆境の原因が時間差を経て私を襲ってきました。
しかし、私はあきらめませんでした。いつかは「このような形の会社を造って社員を今より幸せにしたい」、そのためには「こういう戦略を打ち出したい」という強い目的意識を持って行動し続けました。このことが挫折克服に影響したのではないかと思います。
すなわち、直面する日常的諸課題があっても、それを止揚した一段上に中期的指針(目標)を掲げ、この目標実現に向けてあらゆるエネルギーを結集させたのです。比較的下位の原因による摩擦や挫折も、より上位の強い目標の前では、克服しなければならない諸課題の一つくらいに精神的負担の重さが軽くなってくるように感じます。これが、私がいろいろな挫折を克服できた一つの要素と見ています。
人生における失敗や挫折の多くは、成功や解決に近づいていることに本人が気づかず、あきらめてしまうことだと、よく言われます。なるほどと思うこともありますが、これはなんとなく後付けに映ります。
当時の私には「成功や解決に近づいている」意識を感じる余裕もありませんでした。とにかく一段上の「目標の実現に向かって頑張るしかない」という根負けしない意識を持ち続けたというのが実感で、これが挫折を克服できた要素だと思っています。
1939年、ナチスドイツ軍がポーランドに侵攻し第二次世界大戦がはじまり、イギリスもドイツに宣戦布告しました。しかし、イギリスはフランスのダンケルクから撤退。1941年、ナチスドイツ軍は、ついにヨーロッパを制圧しました。それにも拘わらず、イギリス首相チャーチルは粘り強く我慢し、自由を守る大義の下、イギリスだけは市民の自由を蹂躙するドイナチスドイツに屈しませんでした。ドイツは彼らの抵抗に根負けしたという大きな歴史的事実も、強い目標を持つことが挫折の克服に果たしたことを裏付けているのではないでしょうか。
2.私心に勝る公的考えの道徳的支柱をもつこと
誰でも私心はある。時には、これが挑戦意欲の源泉となります。しかし、挫折を打ち砕くには、もしくは、それを凌駕するには公的考え方を根底にした何らかの道徳的支柱が必要なのではないでしょうか。
私の場合、実質倒産状態の会社を放置する選択肢も、理論上はありました。けれども私は、その選択肢は選びませんでした。「経営者が何とかしなければ会社が倒産して社員が路頭に迷う。これは絶対回避しなければならない。戦略を練り何とか倒産を回避しよう」という発想が、脳裏にすでに焼き付いていたからです。この時、私心に勝るある種の道徳的支柱があったからこそ、踏ん張り困難を克服できその後の成長・発展を実現できたと今でも思っています。
正直さ、高潔さ、誠実さなどを包含した道徳的な支柱があれば、周囲からの信頼を勝ち取ることができる。これを踏まえて難しい状況でもそれを乗り越えることができる大きな要素と考えます。
3.楽観する、俊敏に決断する力
私は、幸いCSKの故大川功氏の側で学ばせていただきました。数々の失敗を超える成功体験をしたこの方を、近くで観察できる機会に恵まれました。失敗しても物事をとにかく前向きに楽観的に捉え決断する卓越した経営の瞬間も観察できました。
その楽観主義が本心から出たものか、あるいは一種の空元気から出たものかは、私には正直分からなかった部分もあります。
しかし、とにかく次の俊敏な経営の動きに繋げる、彼の楽観主義を観たことは間違いありません。楽観して素早く決断することでチャンスを生かせる、それは危機に直面した時にとる、彼の決断する瞬間で分かりました。何かに挫折してもそれを楽観的に活かす経営姿勢を如実にあらわす俊敏な決断力です。
この体験や勉強からすれば、私が当時直面した挫折などたいしたことではないと思える習性が私の中で育っていたと思います。直面した重篤な課題をどう楽観的に解決するかに、大川氏の側で学ばせていただいたことが役に立ち、私にも迷いは生じなかったと記憶しています。
「次の戦略を俊敏に打ち出せば、会社は必ずこうなる」というシナリオに自信がありました。それで良い方向に会社を持っていけるという自信もありました。社員の共感を得るために相当努力もしました。戦略を実行したある段階で、「社長の汗に感謝します!!」と社員から寄せ書きの色紙をもらい感激し、戦略路線の楽観的自信が倍増しました。この楽観主義と決断力があったからこそ会社を再建できたと思います。
このような楽観主義を身につけるには、自ら成功や失敗体験を重ねることが肝要だと考えます。ビジネスマン人生を無難に過すより、火の中の栗をあえて拾う役目も時に必要です。また、体験できない場合、目標を達成した人を近くで観察することなども有益と思います。楽観的で前向きで俊敏な決断を下す経営姿勢を近くで学ぶ努力も必要となるのではないでしょうか。
第244回 経営戦略の弁証法的考え方
私は、企業が「勝ち続ける」ために経営戦略を策定する上で、思考ベースが重要であるとの考えを持っています。いろいろな思考ベースがありますが、私は経営戦略の策定時にはヘーゲルの弁証法の考え方を意識することにしています。弁証法にもいろいろな学者が自分の理論で主張をしていますが、私はヘーゲルを主体にした理論を意識しています。
哲学や論理学の授業で学んだ方が多いと思いますが、ヘーゲル哲学の基本原則は、
1.ある命題(テーゼ=正)と、
2.これと矛盾する、もしくはそれを否定する反対の命題(アンチテーゼ=反)、そして
3.それらを本質的に統合した新たな高次元の命題(ジンテーゼ=合)
の三つで構成されています。
難解な部分は省略して構成内容の意味を簡単に言えば、全てのものは自己内部に矛盾を含み、自己と対立するものを生み出す。それら双方は対立によって互いに結びついている。最終的には、双方がaufheben(止揚)される。否定の否定の二重否定にみえるが、aufhebenにおいては、上記原則の「正」のみならず、正に対立していた「反」もまた保存され、より高い立場で対立の矛盾を統「合」していると、私は理解しています。
「正」、「反」、「合」に立脚したヘーゲルの弁証法が言う具体的原則が、経営の世界では一見無関係に見えます。しかし、思考の組み立て上経営戦略の策定時にも、以下の通り参考になることが多いと考えています。
どこに事業発展のチャンスがあるか
チャンスやリスクを分析する時に、私はある法則を意識します。「螺旋的発展」の法則です。
この法則はいろいろな場面で図示説明されることが多いのですが、含蓄のある法則です。「螺旋的発展」の法則は、世の中の事象の成長軌道を、右肩上がりに一直線に進むのではなく、あたかも螺旋階段を上るように成長していくというものです。
経営計画では会社は、二次元の線上を成長していくように描くことが多いですが、実際その成長は螺旋的な進歩・発展をしているというものです。
経営に携わった経験からすると、まさにその通りだと思います。したがって、戦略の思考にもこの発想を生かすのが適当ではないかと考えています。
螺旋階段を横からみると、成長しているようにみえても、真上から下をみると同じステージで停滞しているようにみえることがあります。実はキーはここです。すなわちこの法則は、成長と、古いものの復活といったある種の停滞的現象が同時に起きていることを意味しています。
このことは経営戦略的には、「強さ」、「弱さ」、「機会」、「脅威」などの事実関係を客観的に分析していく過程で、成長や停滞の根源的理由や根拠を明白にすることと関連します。
すなわち、「何故そうなのか」という疑問を呈すことがポイントとなります。
時の経過で何かの事象が発生して、そのような事態になったはずです。以前繁盛していたサービスが「何故なくなってしまったのか?背景は何か?」を問うことになります。その中ですべてがなくなってしまったのではなく、一部のサービスの機能は今も残っている。だとすると、サービス機能が変質した形で復活しているかもしれない。そこで、「何故、それが残っており、もしくは、復活しているのか?」を問う、更に、自社が他社に対して優位性を発揮できる自信があり、政策的に復活させたいサービスが考えられれば、それを「どうしたら復活させられるか?」を真剣に問うことになります。
上記の自問自答を繰り返す中で、戦略絵図の中に自社の将来の螺旋階段的な成長を左右する大きなヒントが出てくるはずです。
古くはやっていたサービスが、合理化・効率化の一環で新しいサービスで追いやられた。しかし、螺旋階段の次の周のタイミングで最新の技術を取り込む形で従来のサービスを一段上のサービスとして復活させる。この切り口が他社との大きな差異化につながることも多いはずです。
自社が蓄積したノウハウがあるにも拘わらず、世の中の流れとしてその利用をあきらめるか、あるいは、この螺旋階段の法則のように、蓄積したノウハウを次の周で新しい切り口として一段上位の形として生まれ変わらせられないかの戦略の議論と関係してきます。
一見革新的なサービスと見えても、従来のサービスに何か新しいものを付け加え、一段上位のサービスとして衣替えでき付加価値をつけることができるものが沢山あるはずです。
このためには、制度、環境や技術の変化を予想して、自社のサービスとどう関係づけられそうか、将来を洞察する戦略策定者の力が影響してきます。
量と質の関係
経営戦略策定上もう一つ重視していることは、「物事は量から質への転化により発展する」法則です。
この法則が明示することは、移行がどの時点で起きる可能性があるかを戦略上どう判断するかに関わってきます。量の水が100度で気体の質になることが、時々例示されます。「量」が増大して一定の水準を超えると、急激に「質」の変化が起きることです。
市場が量的に飽和状態になると、突然非連続的な劇的変化、質の変化が生じることがありうるということです。自ら劇的な飛躍や進化をその市場に持ち込むことで、量から質への競争上の転化を生じせしめる可能性を秘めています。ビジネスチャンスです。サービス全体の設計のやり方がある時点で大きな変化が生じざるを得ない、これを戦略上生かすことを示唆しています。
転化の時点を経営者がどう読むか、この議論も成長戦略上のポイントになるかもしれません。
矛盾を包摂する
さらにこれらの法則の根底にある基本原則と言えるものも含蓄があります。それは、「矛盾の止揚による発展」の法則です。
世の中には矛盾だらけ、むしろ矛盾にこそ意味があるとも言えます。その矛盾を解消することのみに意義を見出すのでなく、弁証法的に止揚した時はじめて物事は発展するとの考え方と理解します。
経営をしていても、現実は矛盾だらけです。それらを一つずつ個別に解決しても全体が上手くいかないことが多い。
特定の機能は必要だったからこそそれが存在していたが、今はその機能があることが他の機能との矛盾につながる場合もあります。その時、一方の機能を否定するのでなく、両方の機能を肯定し包括した機能を新たに作ることで、より時限の高いところに解決策を持っていく作戦です。
このような戦略こそが組織の筋肉を切らず人材という財産を減耗させないで、より次元の高い組織体に成長・発展させていく方法になるかもしれません。
経営戦略の策定に携わる方々のご参考になれば幸いです。
第243回 勝ち続ける営業マン
自分自身が優秀な営業マンの部類に入るかどうかはコメントを差し控えますが、私の周辺には多くの優秀な営業マンがいます。しかも、彼らは勝ち続けています。
何故なのかと常々疑問に思っていたところ、今回『勝ち続ける会社の「事業計画」のつくり方』(クロスメディアパブリッシング社)の執筆を機に、これまでの情報を整理していて気付いたことがあります。それは、彼らがそれぞれ生来持っているある性癖があるとしても、それに努力や学習した部分を付け加えて顧客の心を動かし信頼され受注や実績を上げていく共通なものを持っていることです。
優秀な営業マンは以下のような特徴を持っています。
それらは、
1.営業行動に正直さ、誠実さがにじんでいる
人間の持つあらゆる性質の中で最良のものは「正直さ」、もしくは「誠実さ」だと、私は思っています。
他のどんな性質もその不足を補うことができるが、この性質だけは、他で補うことが出来ないほどのものと考えています。これが勝ち続ける優秀な営業マンには備わっているのです。
私が経営を託されていた会社にもこのような人材が沢山いました。中でも役員のF氏はこのカテゴリーに当てはまる筆頭格でした。外部内部を問わず常に、正直の服をまとって歩いているような存在でした。当然のことながら、顧客の信頼を勝ち取るのに時間を要さない。更に、誠実なるがゆえに信頼を傷つける事象を起こすリスクも持っていない。やはり、天性の優秀な営業マンといってもいいほどの人物でした。
顧客は皆賢いので、簡単に嘘を見抜きます。彼のような偽りの無い正直な営業だと、顧客の構え方が違ってきます。時に、大風呂敷を拡げることがあっても、どこかで辻褄を合わせて、勝ちえた信頼を傷つけることをしない特色を持っています。この要因こそ彼が営業で成功を続けるのに役立っていたと思います。
2.やり抜く意思の強さがある
多分これは営業に限ったことではないと思いますが、決まった計画をやり抜く意思の強さが勝ち続ける営業マンには他の人より強いと思います。
商品が良くない、技術力が弱い、サポートの対応が良くないなど売りにくい事情はいろいろな理由があるかもしれない、しかし、その状況下でも計画をキチッと達成している営業マンがいる。
人のせいにする部分を最小限にして、自分で自分をコントロールする力が強く、なんとしてでもやり抜く精神力の強さがあるのではないでしょうか。くだんのF氏もやり抜く意思の強さは人一倍強いものを持っていました。
3.欠点を開示して警戒感を解き、親近感を覚えさせる能力を備えている
これは、上記1と無関係ではありません。
欠点のない商品やサービスは世の中にあまり存在しないことは顧客も皆分かっている。たとえスペック通りの商品やサービスでも、利用する側の尺度や価値観の持ち方で欠点や落ち度にもなりえます。このことが分かっているにもかかわらず、普通の営業マンは売りたい一心で自社の商品やサービスの欠点を隠す癖がある。
実は勝ち続ける営業マンは、この逆をいっている。
商品の弱点を顧客に最初から伝えてしまう。彼らの警戒心を解いていくのです。臭いものにふたをしない方法をとって警戒感を解き、顧客の中に入り込んだ上で顧客と一緒に解決策を考えていく。このような営業スタイルをとっています。
4.商品やサービスに備わっている魅力を感覚的に示せる表現力を備えている
普通の人は、モノやサービスを買う時、理屈でなく感覚的に決定しています。これに応えるために勝ち続ける営業マンは、商品に備わっている魅力を感覚的な言葉で表現する力を備えています。
例えば、大型バイクの販売の場合です。「ハーレーダビッドソンのツーリングの仲間入りをして箱根の山を飛ばしたくありませんか?」。他のメーカーの大型二輪車には無いツーリングの仲間入りができる。これぞ営業が薦める時の殺し文句。感覚で売る表現力を備えているのです。
購入予備軍の顧客を理屈で納得させない。理屈は購入者が自らの購入の妥当性を他の人に説明する理論的根拠を探すときに勝手に見つける言葉だと、勝ち続ける営業マンは考えています。曰く、「他より安全だ」とか、「技術的に優れている」とか。
件のF氏も、商品やサービスに内在する魅力を論理でなく感覚的に表現する抜群の力を備えていました。
5.提案書は単純明快で、内容に具体性を入れている
勝ち続ける営業マンの提案書は単純明快です。
私もセミナーや講演会で、提案書は「絞り込め」と繰り返していますが、これは勝ち続ける営業マンから教わったことです。たまに彼らの提案書をレビューすることがありました。他の人の提案書と明らかに違いがあります。
自社の商品やサービスが持つあらゆる機能を並べ立てていない。
「なんでもできます」というスタイルの内容ではなく、顧客の関心がある一点を、単純明快に表現して、他を削いでいる。このような内容になっています。
それでいて、商品やサービスの説明には具体性がある。売りたい側の売り込み文句でなく、第三者の意見を簡単に添えている。例えば、「ツーリングに参加している人のx%が、自社のメーカーのバイクを他の人に薦めています」と、説明内容に具体性と信憑性を付け加えている。
6.顧客の好奇心をくすぐる力が備わっている
勝ち続ける営業マンといえども、最初の訪問で顧客の意図を明確に聞き出すことは至難の技です。それでも次の訪問や提案に繋げられるように、顧客の好奇心をくすぐり興味を持たせる力がある。
商談の過程で、最初になにかをほのめかして、顧客の反応をみる。顧客が興味を覚えたことに関して、ほのめかしの答えを最後に明かすようにすると、顧客は好奇心をくすぐられ、その営業マンにますます興味を持ち始める。こうなったらしめたものです。顧客とのやり取りの妙を演出できます。
以上、勝ち続ける営業マンの特徴を列挙しました。「なんだ、俺も持っている。」と思う方もいるかもしれません。それはそれで結構な事。しかし、頭を冷やしてもう一度真摯に自分の営業活動を振り返ってみると、自己評価するほど周囲は同様の評価をしていないかもしれません。
この際、「何故か?」と振り返る良い機会かもしれません。
第242回 環境の変化を戦略に繋げる
将来を洞察する
今、劇的な変化が、いろいろなところで起きています。生産人口の急激な減少、IoTの導入によりビジネスモデル再定義の必要性が発生、労働環境の変化などなど。そのような変化を如何に早く推量し読み解くかは、自社の将来にとって極めて重要なことです。
しかし、それは簡単なことではありません。
私たちは、どうしても自社を中心に発想しがちです。外部の環境の変化を客観的に見ることを怠りがちになります。今起きていることは、ある程度分かった気持ちでいる。加えて、ある程度先を読まなければ上手くいかないことも分かる。
翻って事業計画や戦略の策定に当たっても、これと同様なことが起きています。真っ先に外部環境の変化の分析が課題に上るはずだが、上滑りの議論で終わってしまいすぐ策定に取り掛かる。これでは、仮に、策定できたとしても、通り一遍の計画に成り下がる憂き目にある。
これを回避し、少しでも将来を的確に洞察するにはどうしたらよいでしょうか。
1.まず、起きている、若しくは、起きるはずの外部の環境の変化を客観的に捉える。
自社のドメインの事業環境の変化は、死活問題です。
しかし、長く経営を続けていると、マンネリが原因で今確実に起きている変化に気づかないか、気づきたくない人も多いのが実態です。
生産人口は減る、65才以上の人口が四分の一以上になる、IoTの急激な導入が生産の流れに変化をもたらす、若者の価値観が変化している、規制緩和で参入障壁が一気に下がる、革新的な技術の開発で事業モデルが変革を余儀なくされるなどなど、現実に明らかに大きな変化が起きています。その中で事業を展開しなければならない。
これらの変化を客観視しないで立てた事業計画が、的外れな政策群の列挙になってしまっているケースを見ます。
この轍を踏まないために、私は毎年度の事業計画の策定の最初に「外部環境の変化」を真っ先に、かつ、真剣に捉えることを薦めています。しかも、出来るだけ客観的に捉える。今起きている事象が良くても悪くても、事態の変化に対して自らの事業に正面から向き合うことを薦めます。
簡単そうに見えますが、これが意外に難しい。経営がマンネリ化すると、自分が環境の変化に追いついて経営していると勘違いしている人が多いからです。一度、ゼロにリセットして環境事象をつぶさに観察して将来像を描いてみる機会かもしれません。
2.将来の姿をできるだけ鮮明に把握する努力をする。
私は自社の将来に関係ありそうなことについていつもメモに落とし込む努力をしていました。頭の中で想像していただけでは、将来の姿は漠としか映らない。しかも日によって姿や景色がどんどん変わる。これらのことを何回も自ら体験しているからです。
なんでもよい。将来起きそうなことをメモや書類に落とし込んでできるだけ細かく把握する方法です。この作業は結構大変です。しかし、この方法を継続すると、将来の姿が自分なりになんとなく鮮明になってきます。一定期間この情報をつぶさに眺めると、将来像の輪郭が浮かび上がって見えてくるほどです。
海の向こうの変化のパターンを研究するのも方法です。一時期日本の企業がとっていた手法です。今でもこれが通用するかは少し疑問ですが、先進的な国で発生していることが一定の時間差で起きることがあるかもしれません。
3.人々が欲しいと思いながらも、それが充足されていないことを捜す。
次に描いたマクロの未来像の中で、消費者の欲求の変化などを推察します。
新しい技術を利用した商品開発がなされる。それを消費者が利用して便益を被る。しかし同時に、利用する消費者はまた新たな欲求を求めてきます。
今の商品に対して満足する部分と不満足な部分、こうなればと思う部分の双方が一定のバランスを保ちながらも彼らの心に常に残っています。彼らの不満足やこうなってほしいと思うところは、ある変化点を過ぎると急速にしぼんでしまう傾向がある。他の代替品にブランドスイッチするからです。その前に、もしそれらを解消できる商品が出せれば、人々の欲求は従前の商品で充足されます。開発担当者が消費者の欲求の変化に上手くミートした喜びを感じる時です。
しかし、消費者は皆、不満足を感じているのが通例です。それでも我慢しながら生活している。そこで彼らが充足されていない内容をできるだけ詳細につまびらかにする努力こそが大きなヒントとなります。
これも結構難しいことです。観察眼は必要です。常に、消費者の欲求の変化を追う姿勢で消費行動を観察しない限り彼らの変化点を掴めません。優れた経営者にはこの切り口の観察力を習得しています。
自社の戦略に結び付ける入り口
将来像を洞察できたら次に肝要なのが、ミクロ環境を理解して、自社の戦略に結び付けることです。環境の変化を自社の戦略に結び付ける入り口です。
そのためには、顧客について、彼らがどんな「価値」を求めているのかを本気で掴む努力をすることです。
デジタル化の進展やボーダーレス化で顧客の選択肢は広がる一方です。更に、競争条件を考えると、自社の商品が代替される可能性を秘めています。
喫茶店でコーヒーを飲む時代からコンビニで美味いコーヒーを購入できる時代になったのです。私の青年時代には考えられないことが起きています。
顧客が求めている選択肢の幅と「価値」感が変わってきているのです。その変化を捉えて代替商品が出てくる事実を正面から見なければなりません。
そこでポイントは、自社の「売り」が顧客の求める「価値」に上手く対応できているかです。
「売り」を考える時、サービス全体の「売り」の自社のバリューチェーンの譲れない所と、譲っても良い所の境界を明確に定義しているかを考えなければなりません。「サービスのどの部分は徹底的に機械化するが、この部分は絶対人間が対応する」というような考え方はこれに該当します。自社がメーカーなら、自社の製品にとって死活となる部品はどれで、それは絶対自製・自作するなどのバリューチェーンの考え方もこれに該当します。
結局、「差異化を徹底する」ことにつながります。顧客が求めている「価値」に何を付加して自社の「売り」を主張するかを明確にすること、これが環境の変化を洞察して自社の戦略策定につなげる決定的に重要な入り口となります。
第241回 「No.1戦略」で差異化を図る
「水は上から下に流れる」。
当たり前のことです。もし、営業部長が部員に有無を言わせず「今日、x件回商しろ。名刺をy枚もらって来い。」と竹やり戦法で営業指示をだしているとしたら、最前線の社員は「また・・・?」とマンネリを感じているか、自信をもって自社の商品や技術を売っていないのではないでしょうか。
会社の上部構造の重要なところが定まっていない証拠です。
私は経営コンサルティングをする時経営者に、「あなたの会社の『No.1戦略』を聞かせてください」と、質問することが多いです。
結構これに答えられない。苦し紛れの返答が返ってくる場合も多いです。
その背景は、自社の本当の「No. 1戦略」を経営戦略的に明確に定義、もしくは再定義していないからです。これでは、差異化が発揮できません。
そこで、大事なことが5点あります。
1.「No. 1戦略」を何にするか
「差異化」が出来ない最大の理由は、今後「自社の何をNo.1にしていくのか」の「No.1戦略」が不明確な場合です。
商品でもよし、サービスでもよし、地域でもよし、技術でもよし、とにかくできるだけ細分化した一定のドメインで「何をNo.1に目指していくのか」を社内で徹底的に議論して明確に設定すべきです。
「水は上から下に流れる。」以上、この部分をまず押さえなければ、経営の先行きに不透明感がぬぐえません。
2.顧客を具体的にイメージした議論をする
顧客に継続的に選ばれる商品でなければ長続きしません。顧客に選んでもらえるには、架空の想定顧客では不十分です。今いる人や、今ある会社顧客を具体的に想定する、そのうえで仮想敵をイメージするのです。
自社の特定の商品や技術機能などを、
・ある一人の実在する人や会社が、
・その商品を具体的に利用するシーンを明確にし、
・その商品をどう使い、どこをどう評価ひてくれるのかを徹底的に議論・分析・検証する
プロセスを経た上での「No.1戦略」としなければなりません。
3.「No. 1戦略」が社内の隅々まで徹底する
経営のコンサルティングをしていると、社長の思いと末端の社員の話との間に大きなニュアンスの違いがあることに時々遭遇します。社長の思いが、全く社内に浸透していない場合です。その原因は、社長自身の思いが誰かからの受け売りもので本気でそう思っていないか、浸透のための努力を怠っているか、双方に欠落がある場合です。
「No.1になる」には、SWOTなどの分析ツールの考え方を駆使して、将来も継続して成長していくためのドライバーを探し、その武器を使用して、特定のドメインで絶対No.1になる作戦を末端まで浸透することが不可欠です。
もしそうでない場合には、全社員のエネルギーを違う方向に浪費させてしまいかねません。。
4.「何故」、それをNo.1にするのかの具体的説明が不足
経営者や一部の幹部はアプリオリにその戦略を納得済みでも、「No.1戦略」には落とし穴がある。
冷静に考えてみると、その商品、サービスや技術をNo.1として位置づけ、第一線の社員が日常的に競合と戦い勝つには、「何故?」に対する明確な回答と納得感があるか否かです。
日常的に顧客を相手にしている第一線の社員からすると、ここがモラールを高く維持する入り口です。「そうだ、だからこの作戦で行こう!」とする納得感がない限り、「上からの指示なら仕方ない・・・」程度にしか受け取らず、作戦に腹落ちしていないので本気になりきれません。
5.自社の「強み」から「No.1戦略」につなげる
自社の強みにテーマを絞って社内で徹底的に議論する中から「No.1戦略」につなげていくほうが確実です。何もないところから一番になることも可能ですが、成功の確率が低いからです。
他社に負けないNo.1商品や技術、どこにもない地域で初、日本で初の商品や技術を自社の中で捜索してみることです。ある部分に関しての比類ない技術力かもしれません。心が魅かれる感動的なストーリーを体現できるモチベーベションプロセスかもしれません。社内に浸透している誇り高き「理念、哲学」かもしれません。これをもとにした「企業風土・文化」かもしれません。
私の経営体験では、これらの候補群の中から絞り込みをすると、どの会社でも必ず「No. 1戦略」の糸口を見つけだすことが出来ます。
一般的なコンサルテーションでは、その会社の弱点に光を当てやすい。私のアプローチは逆です。強みを更に強くすることを薦めています。特に、中小の企業では限りある資源で経営していますので、弱点だらけのはずです。その中でも相対的な強みを探し出し、これを更に強化して自社の「No.1戦略」につなげる。
是非、皆さまの会社でもトライしてみてください。
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