「農耕型企業風土」づくり / 折々の言葉
第161回 日本人の精神性(3)
先週の続きです。
3.「すみません」と、他人に迷惑をかけたくない心の表れ
次に、「すみません」という言葉について述べます。
不可解な言葉
「すみません」の言葉は、外国人には不可解な言葉でしょう。今旅行しているこのポーランドの国でも、これに相当する言葉を見つけるのは困難かもしれません。同じ意味合いを持った言葉があるのか、しかるべき人に尋ねてみます。これも、我々日本人の精神性の一つと言っても良いかもしれません。「すみません」と、なんとなく過去のことを「水に流す」考え方です。
「すみません」とは
日本人と水との歴史的関わりについて考える人がいます。樋口清之氏という登呂遺跡の発掘をはじめ、数々の考古学的遺跡発掘をされた権威者です。
樋口氏によれば、水に流すとは、これまであったことをあっさり忘れ去ることで、良くも悪しくも、すんでしまったことは仕方ないという発想です。この日本人の行動様式が穏やかで優しい人間関係を維持するための知恵となったとの考え方を述べられています。「過去に拘らず、論(あげつら)わず、責めず、忘れ、受容し、許す」、これが日本人の行動様式だと、説明されています。
私もこれぞ日本人の特色ある精神性の一つではないかと考えます。勿論、グローバル化の中で、この思想を強調し過ぎるには一長一短あることも承知しています。しかし、それでも、我々の置かれた歴史的、風土的環境を考えあわせると、長い歴史の中で育まれた考え方で、誇ることのできる精神性の一つではないかと思います。
環境から育まれた知恵
日本人がこういう思考をするようになったのには事情があると思います。
環境です。人間の性格には、環境が与える影響が大と考えます。私は出雲の出身ですが、大阪の商業街の出身者とは性格的にかなりの違いがあることが分かります。
日本全体をヨーロッパの大陸部と比較してみます。ドナウ川流域と富士川の流域の比較でも結構です。狭隘な山谷、その河川の氾濫、火山活動の妨害など、自然災害が頻繁に起きる環境です。また、ヨーロッパの川と比較して日本の川は地形的な影響で流れが速い川が多く、水の量も多いため、自然災害が起きる可能性が高いのです。
順応性、諦めの境地
地形に加えて、日本列島は季節による寒暖差が激しく、地域によっても気候が大きく異なります。この自然環境によって、日本人の順応性の良さと諦めの速さが形作られた部分が多いのではないでしょうか。災害が発生し、その災害からの立ち直りも速く、変わり身の速さが、「水に流す」性格を育むことに関係したのではないでしょうか。現代の治水技術が無かった当時は、こうでもしないと日本人は生活が成り立たいことが多かったのではないでしょうか。
助け合う共同体
前回の項や『これからの課長の仕事』の本の中でも述べましたが、日本人の性格に影響を与えた最大の要素は、上述の自然環境に加え、生活が稲作農耕を基盤としてきたことです。
稲作には水が不可欠です。出雲の田舎に住んでいた頃、部落の常会という会合で水争いの調停に苦労していた父の姿を思い出します。水は上から下に流れるので、川上の村と川下の村で水争いがよく発生したと聞きました。これを避けるため、普段から皆が助け合っていく手法がとられました。土地と水で結ばれた村落共同体を維持するために、常会などの会合の場で全員の賛成を取り付け、何か事が行われていました。村の長は意見の相違を説得によって丸く収めて、わだかまりは水に流して結束を強めることで問題を解決しよう努力としていたのです。
人間関係の上で対立を好まない日本人は、よく「すみません」という言葉を発します。言葉通りにとると、自分の過失を詫びる言葉ですが、上述の背景を考えると、これは水に流す行動が表れた一つの言葉だと、樋口氏は述べています。同感です。私は流れに逆らいませんという人間関係を滑らかにするための知恵で、水に流す行動が言葉として表れたものです。
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